はじめに
環境DNA測定で特定の魚種がいるかいないか若しくはどの程度いるかの判断を行う場合、最後のPCRで増幅されたかどうか、またはどの程度のCt値で増幅されたかを見ています。またメタバーコーディングで網羅的に魚種を調べるときも最初にPCRを行ってその増幅産物をもちいてシーケンスを行います。
現在多くの方は抽出及びPCRがうまく反応している前提でデータを扱っているのではないでしょうか。学会のマニュアル通りの手順で測定しているので大丈夫とか、PCRの時に標準サンプルを増幅しているので大丈夫とか考えている方がほとんどだと思います。もちろん私もそうでした。
ところが学会のマニュアルにある方法(キアゲン法と呼ぶ)と簡易法とを比べたりしていると、どうも腑に落ちない結果が出てきて最初は私の実験ミスと思っていました。しかしまとめて抽出・PCRしたサンプルの中でも一部だけおかしなデータが出てきたので色々実験をしてみました。その中で次のような実験を行い環境水の水質により測定データが一桁以上ばらつく可能性があることが分かりました。
実験及び結果
【実験1】
海水魚の肉片を溶かし濾過した水を用意し(ここでは海水魚水と呼び無色透明)、コイが生息している水槽水と純水(共に150mL)にそれぞれ同量をスパイクする。これをキアゲン法により抽出し、携帯型PCR装置(PCR1100)で増幅しました。
その時の増幅曲線を図-1の実線に示します。図から分かりますように同じ量の海水魚のDNAが含まれているにも関わらず両データでCt値に差があります。ここではn=1のデータを出していますが、他に少しづつ条件を振ったデータでも同様の傾向が出ていました。
次に水槽水の不純物がPCR阻害を起こしているのかどうか確認するため、抽出したサンプルを10倍に薄めてPCRを行った結果を図-1の点線で示します。結果は純水も水槽水も10倍で薄めたものはCt値で約3ほど大きくなっており、PCR阻害ではない可能性を示唆しています(水槽水の曲線が若干他に比べて寝ているのでPCR阻害はありますがCt値に影響するほどではない)。つまり抽出で影響を受けている可能性が高いと考えられます。
【実験2】
次に実際の環境水として近くの川の水と池の水で同様に海水魚水をスパイクした後、キアゲン法で抽出し、携帯型PCR装置で増幅しました。
その時の結果として純水を基準としたCt値の増減を図-2に示します。
図から明らかなように今回の実験でも純水と比較してCt値が大きくなっていることが分かります。特に池の水はCt値で6程度変動しており、一桁以上(2桁近い)差が出ていることになります。同じ抽出サンプルをディスクトップ型PCR装置でも増幅しましたが同様の結果でした。
今回の実験のような結果は程度の差はありますがその後もちょくちょく出ています。例えば海水魚水の代わりに川魚の水槽水(かなりeDNAの濃いもの)を少量スパイクしてもこの現象は発生しました。
この現象に対する思い
マニュアルには「PCR 阻害による偽陰性が疑われる場合は・・・」と記載されていますので、マニュアルを作成下さった先生方はご存じの現象(抽出阻害かもしれないのですが)とは思いますが、何を基準に疑えばいいのか初めての場所での測定では困ってしまうのではないでしょうか。
この現象は特定の条件が重なった時に発生する問題かもしれません。しかし環境DNAが広く普及するためには抽出及びPCRの工程において阻害を無くす方法もしくは最低限阻害の有無を確認する方法を開発しておく必要があると考えており、現在ある方法を考案し確認実験中です(確認の方法は上の実験から想像がつくと思いますが..)。これをお読みになって下さった方でいい案やご意見があれば環境DNA発展のために是非ご連絡下さい。
なお、簡易法では水質による結果の変動は少ないようです。