最近開発された微細流路を使用したろ過・抽出法(ビリューチップ法orBC法;参照論文)は図-1に示すような流路チップを使用して、環境DNA測定の前処理がでる今までにない方法です。そこでこのBC法の性能(ろ過&抽出効率)をこれまでの学会マニュアルにある方法(ここではステリベクスとキアゲンキットにちなんでSQ法と呼びます)を比較してみました。順に示します。

なお、これは2023年の環境DNA学会(The eDNA Society International Meeting 2023)のポスター発表内容をベースにしたもので、共著者の許可を得てここに記載するものです。

Biryu-Chip
図-1.ビリューチップ
1.煩雑さ・作業時間

図ー2に両方法の手順をマンガに描きました。学会のマニュアルにあるステリベクスとキアゲンキットを使用したSQ法は手順が多く抽出完了までに1.5時間以上かかります。またこの処理を行うに当たり、大型の遠心器や高速の遠心器が必要になります。
一方でBC法の手順は図-2に示すように非常にシンプルで大きな機材も必要なく、約3分でろ過~抽出が完了します。初心者でも比較的簡単に確実に抽出液が得られます。参考になると思いますので動画もご覧ください。

Comparison of procedures between BC and conventional methods
図-2.BC法と学会マニュアルにあるSQ法の手順比較
ここでビックリマークはコンタミ発生にリスクがあるポイントです
2.ろ過・抽出効率の比較@水槽水をスパイクした河川水

毎週相模川の一定地点で水を採水し、一定量のニジマスの水槽水をスパイクしたサンプル水を作り、これをBC法とSQ法により表-1の条件でろ過・抽出し、ニジマスを対象にqPCRを行いました。1年間続けた結果を図-3に示します。

表-1実験条件
qPCR results throughout the year for BC and conventional methods
図-3.両方法での1年間を通したqPCR結果

図-3に示すように学会法(SQ法)は夏場にqPCR結果が悪くなる時がありました。この現象は同時に行った霞ヶ浦の水でも発生しており、さらに別途PCRの増幅阻害では無いことは確認しております。それ故SQ法において抽出阻害が発生しているものと考えられます。一方でBC法は安定したqPCR結果が得られていました。詳細は論文化されていますのでご参照下さい。

3.ろ過・抽出効率比較@実生息種

東京都と神奈川県の県境を流れる境川の水を採水し、次の条件でろ過・抽出を各10回行いました。これを3リプリケートでコイを対象にqPCRを行った結果を図-4に示します。

表-2.実験条件
qPCR results of BC and conventional methods
図-4.両方法でのqPCR結果

図-4よりBC法はろ過量が少なく手順が簡単であるにもかかわらず、ほぼ同等のqPCR結果が得られていることが分かります。

4.検出限界付近での検出確率比較

ニジマス水槽水を純水で希釈し検出限界付近で濃度を振ったサンプルを作り、BC法とSQ法で各3回濾過・抽出(濃縮倍率500)した。その後各サンプルに対しニジマスを対象に3繰り返しのqPCRを行った時の検出確率を図-5に示します。

Comparison of detection probability near detection limit between BC and conventional methods
図-5.検出限界付近での検出確率
※1):定量限界付近の水(1)とその1/10、1/20、1/40濃度の水を濾過抽出したもの

図-5に示すようにろ過量は少ないにも関わらず濃縮倍率が同じならばBC法の検出限界は学会法(SQ法)に劣る事はありませんでした。詳細はこちらの投稿もご参照下さい。

5.メタバーコーディング比較

境川の水を使って下表の条件で各4回ろ過・抽出を行い、メタバーコーディングを実施しました。

表-5.実験条件と結果

表-5に示すようにBC法はろ過量が学会法(SQ法)の1/10であるにもかかわらず検出される種数はほぼ同じでした。これは検出種数はろ過量に依存するのではなく、濃縮率に依存することを示唆しています。この件については別の投稿もご参照下さい。

6.On-Site eDNA測定

BC法とモバイルPCR(PicoGene)を組み合わせ、下動画のようなモバイル環境DNA測定用キットを製作した。このキットを使用することにより、現場に到着してから10分以内に抽出が完了し、トータル30分以内でPCRまで完了することが分かると思います。

7.コンタミリスク比較

図ー2に示すようにコンタミが発生する可能性のある作業はSQ法に比べて大幅に減少しています。実際に純水サンプルを両方法で2回ずつ処理し、メタバーコーディングに掛けたところ検出種数はBC法で0種、SQ法では二つとも2種検出されました。このことからBC法のコンタミリスクは原理的に見ても、実際にも低いことが分かります。

8.ろ過・抽出工程における消耗品数の比較

環境DNA測定法は従来の環境調査方法よりも簡単短時間で多くの情報が得られ、生き物を殺すことなくエコだと宣伝しています。ところが実際にやってみると意外と使い捨ての消耗品が多いと感じる人が多くいます。学生さんにレクチャーなどしていると、「一回の測定にこんなにプラスティックを捨て、多くの試薬も使ってエコなの?」と疑問を投げかけられ返答に困る事があると聞きます。そこで両方法の消耗品の数を比較すると次のようになります。

 BC法  ディスポ部材  5ヶ、 試薬 1種
 SQ法  ディスポ部材 18ヶ、 試薬 7種

BC法の消耗品は圧倒的に少なくなっています。

まとめ

環境DNA測定を社会実装するにあたりハードルと成り得る、濾過&抽出(前処理)工程の煩雑さ、処理時間、コスト、コンタミの危険性の問題を解決すべく、新たなろ過・抽出法(BC法)を開発しました。その評価を行った結果、早く簡単に作業ができるにもかかわらず学会法(ステリベクス+Qiagen)のろ過・抽出法とほ同等の結果が得られました。今後この方法が一般化されより多くの人に使われ、環境DNA測定が普及することを期待します。
ただしまだ実績が少ないためより多くの地点での処理を行い、安定性の確認は必要であると思われます。