新型コロナ蔓延に際して、これまでごく一部の研究者にしか知られていなかったPCRが一躍メジャーな言葉になりました。しかし実際にPCRをしようと思うと大型で高価なPCR装置を入手する必要があり専門機関でしができないと考えている方が今でもほとんどだと思います。
一方この「環境DNA測定入門」のトップページで紹介しているように、最近ポータブルで低価格なPCR装置が数社から販売されるようになりました。
今後環境DNA測定用のみならず新型コロナの検出やその他の用途でも、どこにでも設置できるポータブルPCR装置のニーズが高まると考えられます。そこでこれらPCR装置の仕様等をカタログ他から抽出し、新規に購入検討しようとされている方の参考になればと思いまとめてみました。
PicoGene PCR1100 | CronoSTAR™ Portable 4 | UF-Q150 | |
販売元 | 日本板硝子(株) | タカラバイオ(株) | 倉敷紡績(株) |
本体価格 | 79.8万円 | 98万円 | 115万円 |
サイズ[mm] | 200*100*50(H) | 182 *146*98(H) | 200*200*125(H) |
本体重量[kg] | 0.6 | 1.4 | 3.2 |
消費電力[W] | 14 | 138 | ? |
電源 | DC5V | DC12V | DC12V |
最大加熱速度 | (移動時間約2秒) | 6.5℃/秒 | 8℃/秒 |
最大冷却速度 | (移動時間約2秒) | 4.0℃/秒 | 8℃/秒 |
推定反応時間(注1) | 約17分 | 約24分 | 約20分 |
単体動作 | 可能 | 不可(要PC) | 不可(要PC) |
測定波長数 | 3 | 2 (4色も有り) | 1 |
サンプル数 | 1 | 4 (8も有り) | 10 |
推奨反応試薬量 | 16uL | 25uL | 5uL |
測定容器 | 専用流路チップ | 8連専用ウエル (汎用チューブも使用可) | 専用チップ |
容器単価[円] | 796 | 176(注2) | 313 |
融解曲線分析 | 不可 | 可 | 可 |
注1)カタログの昇温・降温速度を元に変性95℃-4秒、アニール・伸長60℃-10秒で50サイクルとした場合の計算値。注2)Webサイトの書き方で不明な部分があり推定値、汎用チューブだと大幅に安くなると推定
仕様をベースにした比較
ここからは上記の仕様比較とこれまで複数のPCR装置を使いこんできた感覚を元にした個人の意見です。自分ならこう考えて選択するというポイントを列挙しました。
- フィールドでPCRを行うにはPicoGensがBetter。他の2機種はバッテリー駆動はあまり現実的ではないと共に測定時にPCが必要になり使いにくい。
- (簡易)実験室でPCRを行うならUF-Q150がBetter。この場面では複数のサンプルをPCRすることになると思われるのでサンプル数が1ヶのPicoGeneは時間が掛かる。UF-Q150は一度に10サンプル測定できるのでトータルでは短時間で測定可。CronoSTARも8サンプル品だとこれもBetter。
- 検出感度を上げたい場合はCronoSTARかPicoGeneがBetterか。UF-Q150の反応液量は少ないので、その分感度は下がると推定される。(繰り返し測定すればその欠点は解消されるか?)
- 誰かが設定して初心者が持って行って使うと言う場合、操作性はPicoGeneがBetterと思われる。PicoGnenの場合作業者は装置単体を操作するだけ故。
- 反応試薬導入はCronoSTARが簡単かと想像。PicoGnenは流路チップに反応液を投入するのに若干スキル必要、UF-Q150は小さなチップに10ヶの反応液を投入しシールは貼るのでクロスコンタミが気になる測定では結構スキルが必要と思われる。
- 装置のランニングコストを比較するとCronoSTARかUF-Q150。ただし測定全体でみると測定対象の前処理やPCR試薬、さらにはサンプルの輸送費や人件費等の総コストを検討する必要があるのでこれらを鑑みて決める必要がある。
以上のようにそれぞれに長所・短所があり、どんな場面で使用したいかによってBetterな装置は変わってくると思います。ポータブルPCR装置の選定に少しでもお役に立てれば幸いです。
一部使ってみての比較
上記記事記載後、次の3つの装置を使ってみる機会がありましたので、その時の使い勝手に関する個人的感想を記載します。
ここで3つの装置とは、「PicoGene PCR1100」「Maverick qPCR(注1)」「GF-Q150(注2)」です。
注1:「Maverick qPCR」とタカラ社の「CronoSTAR」とは見た目はそっくりですが同じ装置とは言えません。が、タカラ社のソフト取説画面と「Maverick qPCR」装置のソフト画面も類似していました。
注2:使用したのは「GF-150」ですが、最近型番が「UF-150」に変更になったとクラボウ社のWebサイトにお知らせが載っていました。
使用前の準備作業について
PicoGeneは
PCRの条件を「品種ファイル(or Profiles)」と言うcsvファイルに作って装置に記憶させる必要がありますが、一旦記憶させると(max15種)あとは選択して使うだけです。それ故通常は装置単体(PC無し)でだれでも簡単に使用できます。
この記憶させる手順はPCとBluetooth接続し(簡単につながります)専用ソフトを操作するのですが「品種ファイル」があれば簡単ですし、多くの場合10ヶほどプリインストールされている「品種ファイル」で対応できます。またはPicoGene用として試薬を購入すると「品種ファイル」を提供してもらえます。ただしこのファイルを新たに作る場合「An&Ex temp.」とか「Hot start time」とか専門用語を理解する人が設定する必要があり、初心者には面倒と感じるかもしれません。
Maverick qPCRは
PCと接続しPCRの条件入力・蛍光色素の種類等を必ずだれかが入力しないと使えないようです。ただこの入力はかなり直観的にできるようになっていて、(StepOneを使い慣れているからか?)取説を読まずに比較的簡単にできました。まただれかが一旦作るとその条件を呼び出す機能があるようなのでPicoGeneと同様、ルーチンで使用するには簡単なようです。
とは言っても、ポータブルとして使うには毎回PCと接続し、電源を持ってきてPCを立ち上げて。。。と言うのは若干面倒に感じました。
UF-Q150も
PCと接続しPCRの条件入力・蛍光色素の種類等を必ずだれかが入力しないと使えないようで、取説をキッチリ読みながら作る事になります。また移動させた場合、蛍光の検出位置の調整や軸ずれの確認・調整も必要になっているようです。これもポータブルとして使うには毎回PCと接続し、電源を持ってきてPCを立ち上げてと言うのは若干面倒に感じました。
使用時の作業について
PicoGeneは
専用の流路チップに増幅液(PCR試薬と検体の混合物)を注入する作業で少しコツが必要です。これに失敗するとPCR時にエラーがでます。と言っても20uLのピペッターを使って(ここは重要)丁寧に注入すると大丈夫でした。その後は装置にチップをセットして装置の画面表示通りにボタンを数回押すと使用できます。PCR反応が終わると画面に検出されたかどうかと、検出された場合にCt値が表示されます。フィールドでも実験室でも使いやすいと言う印象です。
Maverick qPCRは
市販の0.2mL4連or8連チューブに増幅液を注入するのでテクニックは不要です。これを装置にセットしてPCから「Start」をクリックするだけで直観で使えました。反応中の温度や蛍光強度がモニターできます。ただ最初に使用する時はヒーターの昇温に予想以上に時間が掛かりました。また設定の問題かもしれませんが、増幅液(チューブ)の温度が2~3℃毎回オーバーシュートするのは気になりました。一方小さな実験室で常にセットして使用するには使い勝手はいい装置と感じました。
GF-150は
専用の10連流路チップに増幅液を注入し、その後H型(?)をしたシールを丁寧に貼り付ける必要がありちょっとテクニックが必要です。また使ってみて隣の流路とのコンタミが気になりました(PicoGeneのようにサンプル1ヶなら比較的容易)。このチップを装置にセットし、装置上のノブとPCを(直観では難しそうなので)取説をよみながら操作して装置をスタートするのことになります。
印象をまとめると次のようになりました。
PicoGene | Maverick qPCR | GF-Q150 | |
移動後のセッティング | ◎ | △ | △ |
増幅試薬注入 | 〇 | ◎ | △(一個だけなら〇) |
装置操作性 | ◎ | 〇 | △ |
最後に蛇足ですが、これまで使っていてPicoGeneは故障しにくいと言う印象です(他の装置はそんなに使っていないので分かりませんが)。色んな所に持ち歩き、結構乱暴な使い方をしてもPicoGeneは故障ていません。これはPCR装置として壊れやすい光学系や温調系が小さく軽いからだと思っています。