環境DNA学会の実験マニュアルには、サンプル水をボトルに入れて持ち帰る際は塩化ベンザルコニウム溶液(BACと称し商品名はオスバン等)を0.01%の濃度で添加する事になっていますが、これについての情報を記載します。
その1 DNA分解抑制効果について(特許からの情報)
添加の目的は採水したサンプルに存在するDNAを抽出するまでの間に分解されないようにすることですが、これに関して参考になる特許(JP2017-99376)があります。その中で効果を記載していますので、簡単にまとめて紹介します。
実施例として4つの実験結果を上げています。工程はグラスフィルタを使用しキアゲンキットを使った抽出で、採水後抽出までの条件を振っているようです。
【実施例1】ブルーギル@琵琶湖
A:水を6h冷蔵⇒濾過・抽出
B:水を6h冷蔵⇒常温で72h放置⇒濾過・抽出
C:水にBACを入れて6h冷蔵⇒常温で72h放置⇒濾過・抽出
結果として検出されたDNA量はA=20、B=0、C=60
(グラフから読んだ数字なので正確ではありません以下同様)
【実施例2】ブルーギル@池
D:すぐに濾過⇒冷凍⇒抽出
E:常温で8h放置⇒濾過・抽出
F:BACを入れて常温8h放置⇒濾過・抽出
DNA量はD=60、E=10、F=60
【実施例3】アユ@川
G:すぐに濾過⇒0℃で6h保存⇒抽出
H:BACを入れて常温6h放置
結果はG=800、H=4500
【実施例4】ブルーギル@池
I:すぐに濾過⇒冷凍⇒抽出
J:水を常温で1~10日放置⇒濾過・抽出
K:BACを入れてすぐに濾過⇒冷凍⇒抽出
L:BACを入れて常温で1~10日放置⇒濾過・抽出
結果はI=58、J=0~10、K=60、L=30~40
となっています。これらから言えることは、
・水でもフィルタでも常温保管すると6h程度の放置で20%程度までDNAは減少する
・BACを入れることによってサンプル水を常温に保管していても環境DNA量の減少は抑制される(8h程度ではほとんど変化なし)
・BACを入れないと濾過後のフィルタを冷蔵保管していても環境DNA量は減る
興味深い実験でありオスバンの効果が良く分かりました。またこの特許もよくできていると感心します。
最後に、発明者は現在特許庁と補正等のやり取りをしていることから本気で権利化に向けて動いているようです。マニュアルに掲載されているからと言ってその通りにする時はこの特許の存在を意識しておく必要があると思われます。
その2 収率向上の効果について
ここでもう一つ、採水後すぐに濾過・抽出した時のDNA量とも比較したいと思い、以下の実験を行ってみました。
①実験室の近くで採水後ステリベクスを使ってろ過し、冷蔵で持ち帰って2時間以内に学会法(キアゲン)の抽出したものと、②オスバンを入れた水を持ち帰り翌日ステリベクスでろ過後すぐに学会法で抽出したものをPCR1100で比較しました。サンプルは各々2ヶです。
結果は、なんとオスバンを入れて持ち帰ったものの方がCt値は2以上小さく、4倍以上のDNAが得られたことになります。
この増えた理由については個人的に次のような仮説を考えています。つまりオスバンは逆性石鹸ともいわれ普通の石鹸とは逆に陽イオンになります。通常DNAは陰性になっているのでオスバンの存在のために陰イオンのDNAが凝集しフィルタにトラップされやすくなったことがDNAが増えた原因ではないかと考えています。DNAが凝集すると言う仮説については(ここ最近知ったのですが)こちらでも発表されていました。
上の[実施例3]の結果もこの影響が出ていたのかもしれません。
ただしこのような収率向上の効果については実験数が少ないので常にこのような結果になるかどうかは分かりません。バラツキの原因になるかもしれませんので、安定した測定を行うにはオスバンを使わず、採水後早めにろ過する事にしています。
一方でこんな論文もありオスバンを入れるよりも凍らせて持って帰った方が良いとも書いています
https://doi.org/10.1002/edn3.14