環境DNAの流れる距離

 環境DNAを使った調査を行う場合、どのポイントで採水するかをまず検討しなければなりません。この時河川の場合だと「環境DNAは何m下流まで検出できるのか?」を知っておかないと検討することができません。また測定結果を考察する場合もこの知識がないと困ります。

 そこでこの疑問に対する回答になる資料を調べてみました。結果として環境により様々ですが、数百mから数kmとかなり幅があるようです。

 その資料とは、例えば源先生の「ウイルス 第 66 巻 第 2 号,pp.171-178,2016」では数百m~十kmと書いていますし、山中先生の環境DNA紹介ページでは2~3kmと記載されています。他にも2019年の環境DNA学会では(株)ゴートンさんが3.3km下流でも検出されるとの発表をされています。
 一方学会のマニュアルには「環境DNAが生物分布を反映する距離は数百m程度と見積もられている」と記載されています。

 おそらくマニュアルではごく少数の個体の生存確認も目指すため短めに見積もっていると考えられますが、実際に限られた工数での調査で測定ポイントを決める場合どのように決めればいいのでしょうか。
 そこで以下の考え方がヒントとなるのではないかと思い紹介します。

情報としては次の点を考慮すればいいかと思います。
①発生源付近の環境DNA濃度はどの程度か
②環境DNAは川の中でどのくらいの時間存在するか
③どの程度の速度で流れているか
④発生源と測定地点の水量の違い(支流の流入等)

 ①については、過去の資料やデータを基に対象の生物がどの程度いればどの程度の濃度の環境DNAが検出できるかを大まかに推定することになると思います(なかなか最初のころはデータも少ないので推定は難しいでしょう)。
 もし発生源付近ですでに検出限界付近の濃度であれば数十m下流でも検出できないことになります。

 ②については、いくつかの参考情報が出ていますが、DNAの分解が早い場合1時間で数分の一になることもあるそうです。これは水中に分解酵素がどの程度入っているかと水温に大きく影響するかと思いますが、1時間でDNAが全部なくなってしまう事はないと思います。

 ③については説明の必要はないと思いますが、流速が早いと発生源付近のDNA濃度も低くなることは頭に入れておくとよいでしょう。

 ④は支流等で発生源からの水が薄められるので当然濃度は下がります。

 私が近くの川でコイの測定を行った時のCt値(PCRの増幅曲線の立ち上がりサイクル)は約36で、まだまだ検出に余裕がありました。これだとだいぶ下流でも検出できるものと考えられます。この川のこの日の流速は0.5m/秒程度でしたので1時間後には約2km先に到達し、例え環境DNA濃度がこの1時間で1/4まで減少したとしても(途中支流から多量の水の流入が無ければ)充分検出できると推定できます。

 実際の川の流れはもっと複雑で、分解速度は流水中では変わるかもしれませんし、沈殿が発生するかもしれません。従って正確にはこんな簡単に推定することはできませんが、イメージとしてこんな考え方を持っておくと役にたつことがあると思います。
 ちなみに先の川で実際に約2km下流の水を採水し測定するとCt値が約5上がり推定以下でしたが検出できました。

追記
別の観点から検討しているようですが、次のような論文も出ています。
 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/fwb.13920
ここでは「対象となるeDNA粒子の95%と99%が堆積するまでの最大eDNA輸送距離の計算値は、それぞれ334.0〜1,272.7 mと513.5〜1,956.4 mの範囲となった。」と言うのが結論のようです。
2kmで1%がの残る可能性があると考えるとCt値増は6~7程度。上記近くの川でのコイ測定の結果とも大きく逸脱していないようです。